SPECIAL COLUMN

#7「好きを正しさで解くことはできない」/妹尾ユウカ

恋愛は娯楽です。これ一つで人生を狂わせてしまったり、棒に振ることだってもちろんある。全く興味がないという人もいる。したっていいし、しまくったっていいし、しなくたっていい。そんな部分も含めて、私は恋愛を娯楽と捉えている。

始まった時から決まってる

恋愛相談は相手を助けるつもりで聞いてはならない。結局のところ、多くの恋愛相談の結論は「離れない」に至ると初めから決まっている。酷い二日酔いを迎えようが、とんだ醜態を晒そうが、酒を飲む奴は飲み続けるし、パチンコを打つ奴は打ち続ける。自分のキャパシティーを超える事態に見舞われない限りは変われない。逆に、そんな事態に一度でも見舞われてしまえば、驚くほどあっさりと断ち切れたりもする。

だから、どんなに時間をかけて話を聞こうが、相手のためを思ってかけた言葉を無下にされようが、その愚かさにガッカリしてはならない。ガッカリ出来るほど期待してはならない。「面倒くさい」と思えるほど、真面目に向き合ってもならない。なぜなら、人は助けの手を差し伸べてくれなかった人間よりも、助けの手が不十分である人間に対して、不満や恨みを抱いてしまうことがあるから。おかしな話だが、本当によくある話である。

好きを倫理で解くことはできない

それを踏まえて、やはり恋愛相談なんてものは「自分の余力でただ話を聞く」くらいのスタンスが適切である。「悩みをなくしてあげよう」なんて余計なお世話である。悩みを抱えるということが、当人にとって実は幸せなことだったりもするからだ。

これまで平坦に生きて来たり、現在の生活でそれ以外に刺激や満足感を得る機会のない人間にとっては、恋愛で頭を悩ませることがそう悪くないイベントだったりもする。恋愛によって生活に波風が立ち、感情に山や谷ができることによって、女を謳歌している錯覚に陥ることが出来るから。だから、悩みを取り除くことが、相手の幸せを奪うことに繋がってしまうことだってあるのだ。

恋愛相談に正しさを説くことも無意味である。どんなにぞんざいな扱いを受けていようが、第三者が正しさで軌道修正をさせることは極めて難しい。「離れるべきか」について、第三者に相談をしている時点で、自分の選択が間違っている、あるいは間違っている可能性があるという自覚は当人にも必ずある。誰も正しいと思って、自分をぞんざいに扱う男を選んでいるわけではないし、人の好きを倫理で解くことはできない。

例えるならば

これは誰も本国で大麻を吸うことを正しいと思って吸っていないのと同じである。大麻が好きだから、正しくなくても吸いたいのだ。いくら間違っていたとしても、好きなものを信じたいだけなのだ。だから、そんな連中に正しさを説くことはまさに馬の耳に念仏、祖母にパンチラインなのである。

妹尾ユウカ

独自の視点から綴られる恋愛観の毒舌ツイートが女性を中心に話題となり、
『AM』や『AERA.dot』など多くのウェブメディアや『週刊SPA!』『ViVi』などの雑誌で活躍する人気コラムニスト。
その他、脚本家、Abema TVなどにてコメンテーターとしても活動するインフルエンサー。

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