SPECIAL COLUMN

#19「飽きたけど、自己肯定感の話」/妹尾ユウカ

自己肯定感が低い人と話すのはとても退屈だ。大抵が世間知らずで、水晶玉のように扱いづらい。しったこっちゃないことで周囲が気を遣わされる。「毒親育ち」とか「いじめに遭った」とか、これまでに様々な経緯があってそうなってしまったのは分かるが、そのままでいることに甘んじているのは今の自分ではないだろうか。とても子供じみている。おまけに自己肯定感が低い人たちは「昔から自分はこうで」と不幸そうに話すが、何年もその状態でやってこられたのなら、今日まで身近な人たちに恵まれてきたのも事実だ。そのことに気付いていないという点だけをとっても、やはり彼らは世間知らずで幼稚だと言える。

決して、悲運に見舞われなかった人だけが、自己肯定感を高く持って生きているわけではない。人のせいにすることをやめ、立ち止まることをやめ、強く生きようとしている人たちが沢山いる。今、自己肯定感が低い人たちに気を遣ってくれたり、寄り添ってくれている人たちというのは、きっとそういう人たちだ。

「自己肯定感が低い」と「謙虚」の違い

よく「自己肯定感の低さ」と「謙虚さ」は混同されがちだが、二つは似ているようで大きく違う。これは前者のことを冒頭で「世間知らず」と言った理由の一つでもあるのだが、謙虚な人間は自分の社会的地位やコミュニティーにおける立場などを第三者視点で認識した上で謙遜ができるのに対し、前者の人間はそれを分からずにやってしまう。つまりは、自分が世界的大人気グループLe Sserafimの宮脇咲良であるという認識をきちんと持った上で「私も普通の人ですよ」と語れるのが謙虚さなら、自分を本当に凡人だと思い込み、相手構わず語ってしまうのが自己肯定感の低さである。こういった誤認によって、不本意にも嫉妬をされたり、人を怒らせてしまうことがある。そしてまた「自分はダメなんだ」と思ってしまう。

妹尾ユウカ

独自の視点から綴られる恋愛観の毒舌ツイートが女性を中心に話題となり、
『AM』や『AERA.dot』など多くのウェブメディアや『週刊SPA!』『ViVi』などの雑誌で活躍する人気コラムニスト。
その他、脚本家、Abema TVなどにてコメンテーターとしても活動するインフルエンサー。

Instagram
Twitter
Official Blog

MORE